いよいよこの連作コラムもクライマックスかな……。

僕にとって、ミュウとはどんな存在だったのか? アクアは圧倒的に“娘”だったけど、ミュウに対して“息子”という感情を抱いたことはないと思う。

では、なんだったのか?

ミュウは……僕にとっては“戦友”。どんなときもそばにいてくれた、ラインハルトから見たキルヒアイスみたいな、いつも寄り添ってくれて当たり前の存在だった。

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いま思えば、アクアが体調を崩す前から、ミュウの動きは緩慢になってきていた。病気ではなく、加齢から来るものということで、抜本的な打つ手はなし。いつの間にか、心静かに、平穏に、余生を過ごす老猫になっていたのである。

なのでアクアの病気が見つかり、余命宣告されたときに、同時にミュウのことも心配になった。そのときすでに19歳で、いつ老衰で天国に旅立ってしまってもおかしくないと思っていたから。

そして2015年6月21日、アクアが天国へと旅立った。以前アップした『アクアのこと』と題した記事に詳しいが、

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このときの僕は本当にボロボロで、まわりの人から「大塚さん、大丈夫かな……」と心配されるほど。どうにか出社はしていたものの、ふいにアクアのことを思い出すと涙が止まらなくなってしまって、複数抱える連載にも手がつかない状態だった。はっきり言って、45年の人生でもっとも辛い時期だったと思う。

そんなドン底に落ちながらも、どうにかこうにか踏ん張れたのは、確実にミュウの存在があったからだ。それまで、「いつ寝込んでしまうんだろう……」なんて心配していたのにそんな雰囲気はカケラも見せず、食欲も旺盛となって、全盛期のような元気な声で鳴き始めた。掃除機をかけ始めると家のどこにいてもすっ飛んできてバタンと倒れ、「吸え! 吸ってくれ!」と床にゴロゴロ。人間が食事をしようとすればヒザに飛び乗ってきて、

「(#`・д・)アレを寄越せ! それを食わせろ!!」

と迫ってくる。このシツコさ、まさに若いころのミュウそのもので、僕は「ウザいウザい!」と言いながらもうれしくてたまらなくなっていた。ミュウがいてくれたおかげで、アクアを失ったショックから徐々に立ち直りつつあったのだ。

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そして--。

そのまま季節は夏を過ぎ、秋も終わり、冬もいつの間にか遠くなって、

「ミュウ、もうすぐアクアの一周忌だね」

なんて話し掛け始めたころ、ミュウが少しずつ動かなくなっていった。ちょっとずつ行動範囲が狭くなってきて、

「ミュウさん、最近2階に行かないんだね……><」

なんて言っているうちに、ご飯を食べる量も減っていってしまった。獣医さんに相談しても、「老衰ですね……」のひと言。僕はもう、何もしてやることができなかった。

そして、忘れもしない2016年5月22日。日曜日で、僕が家にいるときを待っていたかのように、ミュウは静かに静かに息を引き取った。享年、19歳10ヵ月。人間の歳に換算したらほぼ100歳になるという、立派な立派な大往生。アクアが亡くなってから、11ヵ月目のことでした。

もしも、アクアが亡くなった直後……もしくはアクアよりも先にミュウが亡くなってしまっていたら、僕はどうなっていたんだろう? ……確実にいまだ立ち直れていなくて、おそらくるーさんを飼うこともなかったんだと思う。きっと、ミュウはそれがわかっていて、

「ホントはわしのほうが休みたいんだけど……この飼い主、本当にダメダメだから、1年くらいがんばってやっか!

って、僕がペットロスから立ち直るまで付き合ってくれたんじゃないかなって思うのです。

もちろん、ミュウがいなくなった直後の喪失感は凄まじくて、ダメダメ男が再降臨しちゃったんだけど、まわりの人や読者の方々から、

「きっといまごろ、虹の橋の向こうで、アクアちゃんとケンカしてますよ!!w

なんて声をいただき、少しずつ前を向けるようになっていきました。そして、以前コラムで書きましたけどやたらと子ネコを飼う夢を見るようになり(→関連記事)、紆余曲折のすえにるーさんを迎え入れることになったのでした。

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……はあ。

当時のことを思い出して書くのはキツかったけど、いま脳裏にひらめくのは楽しかったことばっかだなー。

今日は帰ったら墓前に、ミュウの好物だった鰹節でも供えてあげよう。

……どうせるーさんが食っちゃうけどな!w

おしまい。

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